俳句入門講座
ようこそ 俳句の世界へ
住職の俳句
田植歌
2022-06-06
闇に浮く獣の気配夏の月
草刈の果て青空の主張なる
草刈の果てれば集う笑顔かな
淡々と草刈籠を運ぶ人
草刈機置き人の世へ帰りたる
会合の御礼はビールなる夕
裏山の闇よりぬつと草刈女
田植歌聴こえるような写真かな
コロナ禍を飛び越えてゆく田植歌
一歩二歩三歩
2022-06-03
大空を来客として大夏野
蚊の声を追ひかけてゐる闇深し
子を守りし寺苑の広く額の花
軽やかに笑ひし妻の夏帽子
蜘蛛の囲を払へば別の空のあり
十薬の主張は白よ焼却炉
夏服の子の一歩二歩三歩かな
バックミラー
2022-06-02
水を打つ父大いなる背(せな)をして
お悔やみの言上に汗しとどなる
草刈の音連なってゆく里よ
六月や客人の手に特等酒
轢きし蛇跳ねゐるバックミラーかな
マーガレット
2022-05-31
眼開けすぐ閉じる子や明易し
子守歌忘れてしまふ若葉風
子の眠るマーガレットの風であり
葉桜や敗者の弁の清き事
ミル挽きの珈琲の香や胡蝶蘭
子を寝かしつければ仕事遠蛙
読経の終れば野良着なる薄暑
短夜
2022-05-30
吾子の背に一升餅や夏隣る
ダービーの一直線の光かな
時鳥曲線描きつつひと日
母活けし大山蓮華なる威風
雨音の群青となる四葩かな
魂のスピーチを置く薄暑かな
葬場の広々として五月雨
また一つ灯の消ゆる里鉄線花
選挙カー薄暑の空を連れてくる
短夜の訃報のベルでありにけり
勝者にも敗者にも明易きこと
住職原稿(日本伝統俳句協会機関紙「花鳥諷詠 一頁の鑑賞」)
花筒に水満つる音墓参 県 越二郎
花筒に水満つる音墓参 県 越二郎
(昭和十二年『ホトトギス雑詠選集』秋の部より)
私は寺の息子として三十八年前生を受けた。
自坊の敷地内に五十基程の墓石が並ぶ墓地があり、彼岸、盆の時期には参詣が絶えない。
墓参の作法として花の水替えというものがある。
古くなった花を取り除き、花筒に水を注ぐ。
日の光を帯び、注がれてゆく水は墓地という地の利もあるのか、より透明で清潔に見える。
「トクトクトク」という音がだんだん細くなり、高くなってゆく。
やがて花筒に水が満ちるのだが、そこに音は無い。ただ、花筒の頂を満たす水面がゆらめき、ヒソヒソと囁いているように見える。
揚句の作者はそんな水の囁きを聞いておられるのではないかと思う。
墓参とはそれなりに緊張感を伴うもので、静寂を伴うものである。
墓石に対峙する作者は、先立って行かれた有縁の方の声なき声を、花筒を満たす水の光に聞いておられるのではないだろうか。
浄土には八つの功徳を有す水が満ちているという。残された作者の命を満たす音なのかもしれない。
kenshi
蜩のなき代わりしははるかかな 草田男
蜩のなき代りしははるかかな 草田男
(昭和四年『ホトトギス雑詠選集』秋の部より)
幼い頃、夏休みになれば友達と森深く分け入り、虫取りに励んでいた。
背丈を優に超える虫取り網と共に、木々の隙間を駆け回り、気づけば夕刻。
「さあ帰ろう」と森を抜けてゆく背に何時もあったのが、蜩の声であった。
不思議とその蜩を捕まえようと戻る者は誰もいなかった。
大人になり、蝉の声に方向があることを感じる。
朝方に鳴く蝉の声は、土砂降りの雨のように空から降って来る。
一方、夕刻の蜩の声は、逆に空へと上り、抜けてゆく。
掲句は草田男初期の句である。
草田男はどこか潔癖で神秘的な蜩の声の律動が、空へと上ってゆく様を「はるかかな」と詠んだ。
青年期より度々精神を病んだ草田男にとって、蜩に導かれたその空はたまらなく広く、自分が解き放たれる救いの場所であったのではないか。切れ字の「かな」が景をどこまでも広げている。
子供の頃、誰も蜩を捕まえようとしなかった理由が今、少し分るような気がする。
kenshi
俳句入門講座17
俳句入門講座17
俳句入門講座15
俳句入門講座15
俳句入門講座14
俳句入門講座14
俳句入門講座13
俳句入門講座13
俳句入門講座12
俳句入門講座12
俳句入門講座1~11
俳句入門講座1~11
俳句の基本について仏婦会報「まなざし」にて連載しています。
住職の掲載作品
角川『俳句』掲載作品 「精鋭十句競詠」
「呼吸」 能美顕之
山茱萸の小さき呼吸始まりぬ
蘆の角風に高さを揃へたる
春の川へとふくらんでゆく日差し
芽柳に織り込まれゆく光かな
春の雪里の余白を埋めてゆく
淡雪を少し纏ふといふ風情
宇宙には国境の無く遠霞
一望の春田に大いなる息吹
遥かなる水平線の霞かな
仏法の深さに溺れ春炬燵
○略歴
昭和52年2月9日生
『ホトトギス』所属
俳歴6年
○メッセージ
「声」
自然と対峙していますと、ふと自分の小ささを思います。そしてその小さな私が大自然の流れにほどけてゆくような、不思議な感覚にとらわれる事があります。「あなたはあなたのままでいい」と声が聞こえて来るような、一瞬。その一瞬は私の宝です。「人間も大自然の一部分」。自然の声に耳を澄まして参りたいと思います。
俳誌『俳壇』掲載作品
「一日」
青空の端に囀りのこぼれたる
大いなる卯浪に浮かぶ岬かな
一列の光整ふ植田かな
その中に孤高の色や花菖蒲
夏空へ赤子の声の立ち上がる
雨の来て重たき風の若葉かな
蛙の音大雨の夜を司る
○俳歴
能美顕之
昭和五十二年二月九日生
二〇一〇年 日本伝統俳句協会入会
二〇一五年 ホトトギス同人
「ホトトギス」所属
○コメント
自然と対峙していますと、ふと自分の小ささを思います。そしてその小さな私が大自然の流れにほどけてゆくような、不思議な感覚にとらわれる事があります。「人間も大自然の一部分」。自分の小ささを忘れず、謙虚に自然の声に耳を澄まして参りたいと思います。
朝日新聞(東日本版)掲載作品 「あるきだす言葉たち」
「風音」 能美顕之
上りゆく香に棚引く秋日かな
秋風の膨らむ路地や鞆の浦
曇天に存在感の紅葉かな
過る風留まる風や大紅葉
天も地も今渡りゆく鷹のもの
風音の去りて落葉の始まりぬ
落葉踏む音に生まるるリズムかな
太陽を乗せて散りゆく大銀杏
念仏の声風となる冬の堂
一斉に銀杏落葉の景となる
風が風呼んでゐるなり冬紅葉
大空と一つになりて日向ぼこ
能美顕之(のうみけんし)。1977年島根県生まれ。「ホトトギス」同人。
2015年日本伝統俳句協会新人賞。
住職の受賞作品
日本伝統俳句協会協会賞
住職の受賞作品です。