俳句入門講座
ようこそ 俳句の世界へ
住職の俳句
光
2020-05-17
決断の夜にぽつかりと春の月
新聞のコトリと届く余寒かな
薄氷に小さき空のありにけり
押入を開けて一気に冴返る
大霜や息を潜めてゐる山河
空仰ぐ風花消えてしまふまで
曇天へため息ひとつ山笑ふ
春光のはるか電動三輪車
春風やねりりと回る大風車
ご遺体はいつも穏やか春の雨
ふらここを空へ届けと漕ぐ記憶
入学の子の遠き目をしてをりぬ
石鹸玉弾けて空の青さかな
落花にも集ふいのちのあるやうな
この川も海への流れ鯉幟
一本のカーネーションといふ光
風の寺
2020-01-18
星々の綺羅を集めて除夜の鐘
一瞬の一年といふ初日かな
蝋梅の黄に遠ざかる日差しかな
歯磨きの音改まる寒の朝
初旅は里帰りなる夫婦かな
雪除の先に開ける大御堂
小寒の顔し合掌地蔵かな
目当てなる店閉店の寝正月
初夢は悪夢でありし目覚めかな
幼子のほつぺは真赤寒に入る
寒月の子を送り出すひかりかな
どこまでも寒曳山の月冴ゆる
月冴ゆる日本酒二合空きてより
病床の一句の届き寒の雨
焼却炉にも初空のありにけり
三ケ日過ぎれば静かなる厨
雑踏の中の小さな御慶かな
初仕事我を忘れてをりにけり
凍星の中に小さき吾を見る
新しき縁に酌んでゐる年酒
初句会とは粛々と風の寺
太陽のにほひ
2019-12-01
落葉にも個性のありて風の寺
落葉掻くことに矜持のありにけり
そよ風を疎ましきとも落葉掻
太陽のにほひ漂ふ落葉かな
だんだんと愛しくなりて落葉掻
寄せる場所六つに決めて落葉掻
落葉掃き大いなる幹残りたる
落葉掻く事この星を掻く事と
大欠伸
2019-10-10
大欠伸すれば一層天高く
一日の始まりは風秋桜
起動音にも秋冷のあるやうな
一椀のこんもり香る生姜かな
青空は自由の色よ鳥渡る
楽しげに爪切る人や月明り
月光の四百年の大樹かな
言霊
2019-10-02
雨音を言霊と聞く大夏野
涼風の来て詩心なる三瓶
雨傘のポップを刻みゆく夏野
雨止めば詩心降る大夏野
曇天の落つこちさうな大夏野
句会場一新といふ涼しさよ
突風に詩を忘れてゆく夏野
傘さすもささぬも自由星月夜
人間を置き去りにして大南風
夜の底を解きて風の黄菅かな
蜩の朝な夕なを鳴き継げる
万人の呼吸を集め大花火
Tシャツの形に汗のありにけり
たくましき日焼の集ふテントかな
一つでも再会あれば灯涼し
行列の首伸びてゆくビールかな
目玉焼割れば残暑のこぼれたる
退院の第二の母や秋の空
ふと笑ふ鈴虫寺の赤子かな
鈴虫も祈つてゐるか爆心地
花芒結界に置く茶席かな
声明の声高らかに虫の寺
鈴虫もインド様式なる音色
仲直りしてどこまでも月涼し
争ひは静かなものよ虫の声
住職原稿(日本伝統俳句協会機関紙「花鳥諷詠 一頁の鑑賞」)
花筒に水満つる音墓参 県 越二郎
花筒に水満つる音墓参 県 越二郎
(昭和十二年『ホトトギス雑詠選集』秋の部より)
私は寺の息子として三十八年前生を受けた。
自坊の敷地内に五十基程の墓石が並ぶ墓地があり、彼岸、盆の時期には参詣が絶えない。
墓参の作法として花の水替えというものがある。
古くなった花を取り除き、花筒に水を注ぐ。
日の光を帯び、注がれてゆく水は墓地という地の利もあるのか、より透明で清潔に見える。
「トクトクトク」という音がだんだん細くなり、高くなってゆく。
やがて花筒に水が満ちるのだが、そこに音は無い。ただ、花筒の頂を満たす水面がゆらめき、ヒソヒソと囁いているように見える。
揚句の作者はそんな水の囁きを聞いておられるのではないかと思う。
墓参とはそれなりに緊張感を伴うもので、静寂を伴うものである。
墓石に対峙する作者は、先立って行かれた有縁の方の声なき声を、花筒を満たす水の光に聞いておられるのではないだろうか。
浄土には八つの功徳を有す水が満ちているという。残された作者の命を満たす音なのかもしれない。
kenshi
蜩のなき代わりしははるかかな 草田男
蜩のなき代りしははるかかな 草田男
(昭和四年『ホトトギス雑詠選集』秋の部より)
幼い頃、夏休みになれば友達と森深く分け入り、虫取りに励んでいた。
背丈を優に超える虫取り網と共に、木々の隙間を駆け回り、気づけば夕刻。
「さあ帰ろう」と森を抜けてゆく背に何時もあったのが、蜩の声であった。
不思議とその蜩を捕まえようと戻る者は誰もいなかった。
大人になり、蝉の声に方向があることを感じる。
朝方に鳴く蝉の声は、土砂降りの雨のように空から降って来る。
一方、夕刻の蜩の声は、逆に空へと上り、抜けてゆく。
掲句は草田男初期の句である。
草田男はどこか潔癖で神秘的な蜩の声の律動が、空へと上ってゆく様を「はるかかな」と詠んだ。
青年期より度々精神を病んだ草田男にとって、蜩に導かれたその空はたまらなく広く、自分が解き放たれる救いの場所であったのではないか。切れ字の「かな」が景をどこまでも広げている。
子供の頃、誰も蜩を捕まえようとしなかった理由が今、少し分るような気がする。
kenshi
俳句入門講座17
俳句入門講座17
俳句入門講座15
俳句入門講座15
俳句入門講座14
俳句入門講座14
俳句入門講座13
俳句入門講座13
俳句入門講座12
俳句入門講座12
俳句入門講座1~11
俳句入門講座1~11
俳句の基本について仏婦会報「まなざし」にて連載しています。
住職の掲載作品
角川『俳句』掲載作品 「精鋭十句競詠」
「呼吸」 能美顕之
山茱萸の小さき呼吸始まりぬ
蘆の角風に高さを揃へたる
春の川へとふくらんでゆく日差し
芽柳に織り込まれゆく光かな
春の雪里の余白を埋めてゆく
淡雪を少し纏ふといふ風情
宇宙には国境の無く遠霞
一望の春田に大いなる息吹
遥かなる水平線の霞かな
仏法の深さに溺れ春炬燵
○略歴
昭和52年2月9日生
『ホトトギス』所属
俳歴6年
○メッセージ
「声」
自然と対峙していますと、ふと自分の小ささを思います。そしてその小さな私が大自然の流れにほどけてゆくような、不思議な感覚にとらわれる事があります。「あなたはあなたのままでいい」と声が聞こえて来るような、一瞬。その一瞬は私の宝です。「人間も大自然の一部分」。自然の声に耳を澄まして参りたいと思います。
俳誌『俳壇』掲載作品
「一日」
青空の端に囀りのこぼれたる
大いなる卯浪に浮かぶ岬かな
一列の光整ふ植田かな
その中に孤高の色や花菖蒲
夏空へ赤子の声の立ち上がる
雨の来て重たき風の若葉かな
蛙の音大雨の夜を司る
○俳歴
能美顕之
昭和五十二年二月九日生
二〇一〇年 日本伝統俳句協会入会
二〇一五年 ホトトギス同人
「ホトトギス」所属
○コメント
自然と対峙していますと、ふと自分の小ささを思います。そしてその小さな私が大自然の流れにほどけてゆくような、不思議な感覚にとらわれる事があります。「人間も大自然の一部分」。自分の小ささを忘れず、謙虚に自然の声に耳を澄まして参りたいと思います。
朝日新聞(東日本版)掲載作品 「あるきだす言葉たち」
「風音」 能美顕之
上りゆく香に棚引く秋日かな
秋風の膨らむ路地や鞆の浦
曇天に存在感の紅葉かな
過る風留まる風や大紅葉
天も地も今渡りゆく鷹のもの
風音の去りて落葉の始まりぬ
落葉踏む音に生まるるリズムかな
太陽を乗せて散りゆく大銀杏
念仏の声風となる冬の堂
一斉に銀杏落葉の景となる
風が風呼んでゐるなり冬紅葉
大空と一つになりて日向ぼこ
能美顕之(のうみけんし)。1977年島根県生まれ。「ホトトギス」同人。
2015年日本伝統俳句協会新人賞。
住職の受賞作品
日本伝統俳句協会協会賞
住職の受賞作品です。